1995年6月、ザバス川崎がオープンしました。開業前集客が大成功したものの、高槻、新潟が不振で、外部の方々をお招きする余裕がありませんでした。明治製菓の森下取締役にはおいでいただきましたが、寂しいセレモニーでした。新事業開発部の先輩、石渡社長、私とクラブスタッフだけの寂しいオープニングでした。
近所の女体神社の神主さんにプールを念入りにお祓いしていただきました。出崎さんが司会をしていましたが、「テープカット」というべきところを「パイプカット」と言って爆笑をかっていました。
そして、翌日から怒濤のようなお客様との苦しい運営がはじまりました。特に会員カード作成が間に合わず、会費の収入も、うまくできませんでした。集客は大事だけどそれだけではクラブ経営はできないことを痛感しました。痛恨の思い出です。